大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会の記録

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2011年中学教科書の検定 歴史教科書の沖縄戦記述などの問題点

大阪歴史教育者協議会委員長                
大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会事務局長
小 牧  薫

 文部科学省は2012年度から使用する中学教科書の検定結果を公表しました。そこで明らかになった歴史教科書の沖縄戦記述などの問題点を支援連絡会の小牧薫事務局長(大阪歴史教育者協議会代表)がまとめました。

1.なにを書くべきか

 文部科学省は2011年3月30日、2010年度教科書検定結果の一部を公表し、2012?15年度使用の社会科教科書の沖縄戦記述などが明らかになりました。中学校の社会科歴史的分野の教科書は日本書籍新社が検定申請をせず、日本文教出版の一点が検定意見に対する修正表を提出せず不合格になったため、東京書籍、教育出版、日本文教出版、帝国書院、清水書院、育鵬社、自由社の7点となりました。

1995年度検定では、沖縄戦に関する記述について文部省(当時)の教科書検定では、検定意見がほとんどつかず、「住民虐殺」についても6社が触れていました。「集団自決」についても「日本軍」との関係を、扶桑社を除く7社すべてが記述していました。

 しかし、現在使われている教科書では、「住民虐殺」に触れたものは、帝国書院のコラムと日本書籍新社の本文だけになってしまっていました。「集団自決」に触れない教科書まであらわれる事態となりました。そのため、大江・岩波沖縄戦裁判支援連絡会などは、各教科書会社に対して、次の点に留意して教科書を編集されるよう要請をおこないました。

(1) 沖縄の地上戦は、1945年4月1日の沖縄本島上陸ではなく、3月26日の慶良間列島上陸からであることを明記してください。

(2) 沖縄戦の「集団自決」は、住民虐殺とあわせて記述し、「集団自決」に関しては、日本軍の強制によるものであることを明記してください。

(3) 沖縄戦当時、日本軍は沖縄県民をスパイ視するなど、他府県の住民より差別視していたことを気づかせる内容にしてください。

(4) 沖縄戦の「集団自決」の背景として、差別視された県民が皇民化教育によって「愛国心」に染め抜かれていたこともあることに気づかせる内容にしてください。

2.新教科書の記述内容

 全体としては、現行にくらべると、育鵬社、自由社を除く5社の教科書は記述が前進しました。しかし、上記4項目すべてを満足するものはありません。

 現行で触れていなかった東書は、本文で「日本軍によって、集団自決に追いこまれた住民もいました」と変わりました。

 日文は、本文で「6月には日本軍の組織的な抵抗が終わりましたが、集団自決をせまられた人々もあり」と書いていますが、「集団自決」を日本軍にせまられたのかどうか明確ではありません。そして、「集団自決」が6月以降に起こったように読み取れます。 教出は、本文で「そのなかで日本軍によってスパイと疑われて殺害されたり、集団で自決を強いられたりした人々もいました」と、日本軍による住民殺害と集団自決について書くようになりました。

 帝国は、本文では沖縄戦について触れていませんが、コラム?戦場となった沖縄?で、「人々は集団死に追いこまれたり,禁止されていた琉球方言を使用した住民が日本兵に殺害されたりもしました」と書き、その前段では、「日本軍によって,食料をうばわれたり,安全な壕を追い出され,砲弾のふり注ぐ中をさまよったりして,多くの住民が犠牲になりました」とも書いています。この記述は、現行とほとんど変わっていません。

 清水も本文では沖縄戦についてかんたんな記述しかありませんが、図版「白旗をかかげる少女」の注で「沖縄戦」について「そのなかで、軍部や役所、民間機関が一体となった戦時体制のなかで「捕虜になって悲惨な目にあうよりは自決せよ」と、宣伝され、教育されてきた住民のなかには、ほかにすべもなく、兵士や役人などから配布された手榴弾などを用いて、家族を殺して一家自殺をしたり、地域でまとまった集団自決へと追いこまれていった人もおおぜいいた」と大きく変わりました。そして、「《深める歴史》証言・体験記録からみえてくる戦争」欄を設け、金城重英、重明兄弟の証言を載せています。

3.「つくる会」系の教科書記述は

 「新しい歴史教科書をつくる会」系の育鵬社、自由社の教科書は相変わらず沖縄戦や「集団自決(強制集団死)」については、不適切な記述をしています。

 「日本教育再生機構」(八木秀次理事長)の育鵬社版は、沖縄戦を4月の本島上陸から書き始め、県民の日本軍への協力を重視し、「米軍の猛攻で逃げ場を失い、集団自決する人もいました」と、あたかも米軍に対する恐怖のために「集団自決」したように描いています。コラムでは、女子学徒の看護要員が、ひめゆり部隊だけであったかのように描き、最後まで日本軍に協力したことを強調しています。

 「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)の自由社版は、本文では「集団自決」についてはまったく触れず、「コラムもっと知りたい戦時国際法と戦争犯罪」で、「沖縄戦の悲劇1945(昭和20)年3月末、アメリカ軍は慶良間諸島の座間味島、渡嘉敷島などに猛烈な空襲と艦砲射撃を加えました。米軍が上陸する中で、追いつめられた住民が、家族ぐるみで集団自決する悲劇が起こりました。日本人の集団自決は,ソ連軍に侵攻された満州でも,樺太でも起こりました。」と、米軍に追いつめられてやむなく「集団自決」したように描いています。

 「つくる会」系の2社の教科書は、「集団自決(強制集団死)」について、まったく触れないわけにはいかないため、やむなく触れはするが、日本軍の命令・強制によって「集団自決」が起こったのではなく、米軍に追いつめられてやむなく命を絶った、日本軍に協力した沖縄県民という形に描こうとしていることがよくわかります。