大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会の記録

HOMENEWS>(2008年3月4月)

     2008年3月28日(金)午前10時から 大阪地方裁判所で判決の申し渡しがありました。

     3月28日午後2時より、エルおおさか6階大会議室で報告集会を行いました。

      弁護団報告と安仁屋政昭沖縄国際大名誉教授の「判決を聞いて」のおはなしがありました。

大阪地裁判決についての3団体(沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会/大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会/大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会)の声明を紹介します。


大江・岩波沖縄戦裁判大阪地裁判決についての声明

 大江健三郎氏と岩波書店が被告とされた「大江・岩波沖縄戦裁判」の判決が、渡嘉敷島で強制集団死が起こってちょうど63年目の2008年3月28日、大阪地方裁判所(民事第9部合議係・深見敏正裁判長)で言い渡された。

 判決では、座間味島の戦隊長であった原告梅澤裕氏と渡嘉敷島の戦隊長であった赤松嘉次氏の弟である原告赤松秀一氏が求めた『太平洋戦争』(故家永三郎著)及び『沖縄ノート』(大江健三郎著)の出版停止、謝罪広告の掲載、慰謝料の請求はいずれも棄却された。

 判決は、座間味島における強制集団死(集団自決)について「体験者らの体験談等は、いずれも自身の実体験に基づく話として具体性、迫真性を有するものといえ」「日本軍の兵士から米軍に捕まりそうになった場合には自決を促され、そのための手段として手榴弾を渡されたことを認めることができる」と述べ、自決用に手榴弾が渡されて使用されたと認定した。そして、梅澤氏の「陳述書」や「供述」については「信用性に疑問がある」と断じた。

 渡嘉敷島における強制集団死(集団自決)については「赤松大尉の西山(ママ、以下同じ)陣地北方の盆地への集合命令の後に発生しており」「手榴弾を持った防衛隊員が西山陣地北方の盆地へ集合している住民のもとへ赴いた行動を赤松大尉が容認したとすれば、赤松大尉が自決命令を発したことが一因ではないかと考えざるをえない」とした。そして「集団自決が発生した場所すべてに日本軍が駐屯しており、日本軍が駐屯しなかった渡嘉敷村の前島では、集団自決は発生しなかった」とも明確に判示した。また、赤松氏がスパイ容疑で住民を処刑したことも認定した。

 さらに、学説状況について、銭谷眞美文部科学省初等中等教育局長(当時)や布村幸彦審議官が「座間味島及び渡嘉敷島の集団自決について、日本軍の隊長が住民に対し自決命令を出したとするのが従来の通説であった」として、2005年度までの教科書検定を行ってきたことを指摘し、家永・大江氏が自決命令の存在を真実と信じるだけの十分な理由があったと認めた。

また梅澤・赤松氏自身による自決命令については、「伝達経路等は判然とせず」「命令それ自体まで認定することは躊躇を禁じ得ない」としながらも、詳細な事実認定にもとづき「日本軍が深く関わった」という表現で日本軍の強制性を認めたことは重要である。一部マスコミにおいて「現行教科書の歴史認識を支持する判決」と報道がなされたが、訂正後の教科書が日本軍の単なる「関与」を認めたに過ぎないという事実に照らせば、それは明らかな事実誤認である。

 このように原告らの主張はことごとく退けられており、提訴そのものが不当なものであることが明らかとなった。原告らは控訴したが、一審ですでに証拠にもとづき詳細な事実認定が行われている以上、大阪高等裁判所は、直ちに控訴棄却の判決を言い渡し、一審判決を維持すべきである。私たちは、今後、そのための運動を強化する。

 梅澤「陳述書」を根拠にして行われた文部科学省による2006年度教科書検定における検定意見は、その根拠が判決によっても否定されたのであるから直ちに撤回し、沖縄戦の「集団自決」に日本軍の命令・強制を示す記述を回復させるべきである。私たちは、文部科学省に対し、このことを強く要求する。

2008年4月4日

             沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会

            大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会

                    大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会

         連絡先:〒530-0012

             大阪市北区芝田2−4−2牛丸ビル3階「うずみび」編集部

                            電話&FAX 06−6453−2448


判決主文

1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。 

判決要旨

1 沖縄ノートは,座間味島及び渡嘉敷島の守備隊長をそれぞれ原告梅澤及び赤松大尉であると明示していないが,引用された文献,新聞報道等でその同定は可能であり,本件各書籍の各記載は,原告梅澤及び赤松大尉が残忍な集団自決を命じた者であるとしているから,原告梅澤及び赤松大尉の社会的評価を低下させる。

2 「太平洋戦争」は,太平洋戦争を評価,研究する歴史研究書であり,沖縄ノートは,日本人とは何かを見つめ,戦後民主主義を問い直した書籍であって,原告梅澤及び赤松大尉に関する本件各記述を掲載した本件各書籍は公共の利害に関する事実に係わり,もっぱら公益を図る目的で出版されたものと認められる。

3 原告らは,梅澤命令及び赤松命令説は集団自決について援護法の適用を受けるためのねつ造であると主張するが,複数の誤記があると認められるものの,戦時下の住民の動き,非戦闘員の動きに重点を置いた戦記として資料価値を有する「鉄の暴風」,米軍の「慶良間列島作戦報告書」が援護法の適用が意識される以前から存在しており,ねつ造に関する主張には疑問があり,原告らの主張に沿う照屋昇雄の発言はその経歴等に照らし,また宮村幸延の「証言」と題する書面も同人が戦時中在村していなかったことや作成経緯に照らして採用できず,「母の遺したもの」によってもねつ造を認めることはできない。

4 座間味島及び渡嘉敷島ではいずれも集団自決に手榴弾が利用されたが,多くの体験者が日本軍の兵士から米軍に捕まりそうになった際の自決用に手榴弾が交付されたと語っていること,沖縄に配備された第三二軍が防諜に意を用いており,渡嘉敷島では防衛隊員が身重の妻等の安否を気遣い数回部隊を離れたために敵に通謀するおそれがあるとして処刑されたほか,米軍に庇護された二少年,投降勧告に来た伊江島の男女6名が同様に処刑されたこと,米軍の「慶良間列島作戦報告書」の記載も日本軍が住民が捕虜になり日本軍の情報が漏れることを懸念したことを窺わせること,第一,三戦隊の装備からして手榴弾は極めて貴重な武器であり,慶良間列島が沖縄本島などと連絡が遮断され,食糧や武器の補給が困難であったこと,沖縄で集団自決が発生したすべての場所に日本軍が駐屯しており,日本軍が駐屯しなかった渡嘉敷村の前島では集団自決が発生しなかったことなどの事実を踏まえると,集団自決については日本軍が深く関わったものと認められ,それぞれの島では原告梅澤及び赤松大尉を頂点とする上意下達の組織であったことからすると,それぞれの島における集団自決に原告梅澤及び赤松大尉が関与したことは十分に推認できるけれども,自決命令の伝達経路等が判然としないため,本件各書籍に記載されたとおりの自決命令それ自体まで認定することには躊躇を禁じ得ない。

   原告梅澤及び赤松大尉が集団自決に関与したものと推認できることに加え,平成17年度までの教科書検定の対応,集団自決に関する学説の状況,判示した諸文献の存在とそれらに対する信用性についての認定及び判断,家永三郎及び被告大江の取材状況等を踏まえると,原告梅澤及び赤松大尉が本件各書籍記載の内容の自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できないとしても,その事実については合理的資料若しくは根拠があると評価できるから,本件各書籍の各発行時において,家永三郎及び被告らが本件各記述が真実であると信じるについても相当の理由があったものと認めるのが相当であり,それは本訴口頭弁論終結時においても径庭はない。

   したがって,被告らによる原告梅澤及び赤松大尉に対する名誉毀損は成立せず,それを前提とする損害賠償はもとより本件各書籍の差し止め請求も理由がない。

5 沖縄ノートには赤松大尉に対するかなり強い表現が用いられているが,沖縄ノートの主題等に照らして,被告大江が赤松大尉に対する個人攻撃をしたなど意見ないし論評の域を逸脱したものとは認められない。