大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会の記録

HOMENEWS>(2007年3月30日)(2007年4月2日)

沖縄戦強制集団死の日本軍関与 教科書検定で文科省が削除させる

 3月30日のテレビ・ラジオの放送と31日新聞各紙は、08年度用高等学校教科書(2・3年生用)の検定結果を発表しました。今回の検定では、224点が申請され、2点(いずれも生物の教科書)が不合格、他は検定意見を受けて修正した上で合格となりました。

 自衛隊派兵やイラク戦争についての記述を修正させただけでなく、「集団自決」(集団死)について24年ぶりに検定意見を付けました。沖縄戦の集団死(「集団自決」)は、日本軍の命令によって行われた悲劇であることは通説となっています。家永教科書裁判では、文部省が「日本軍による住民虐殺だけでなく、集団自決も書け」と検定で修正意見を付けたことが問題になったのです。それを、日本軍の元隊長が「命令していない」と言って、訴訟を起こしたからということで、書き換えさせることは断じて許せません。

 文科省の記者クラブでの説明や国会答弁では、「日本軍の命令の有無について断定的記述を避けることが適当である」「従来、日本軍の隊長が集団自決命令を出した、というのが定説であったが、いろいろな証言・意見が出ている。」「最近の著書においても軍の命令の有無が明確ではない。当時の関係者から『沖縄集団自決えん罪訴訟が起こされ、原告(座間味島の守備隊長だった元少佐)の意見陳述』がある」などを理由にしたと述べています。

 0歳の子どもが自決することはないとして、近年では「集団自決」の用語を使わず、「集団死」「強制集団死」という用語が使われています。

その点では、新しい研究・学説といえますが、文科省があげた曾野綾子氏の著書は1973年 発行のものですし、2000年以後発刊された宮城晴美『母の遺したもの』(高文研)、林博史『沖縄戦と民衆』(大月書店)でも、隊長命令があったとは書いてないものの、日本軍によって「集団自決」を強制されたということははっきり書いています。

 それだけではなく、裁判所は、「平成17年(ワ)第7696号出版停止等請求事件」と呼称しているのに、文科省は原告側が使っている「沖縄集団自決えん罪訴訟」を使ったことも重大問題です。この点は、伊吹文科相も赤峰議員の質問で「適当ではない」と陳謝しました。裁判は、8回の口頭弁論が開かれましたが、原告である梅澤隊長は陳述書を提出しただけで、証言もおこなっていません。それなのに、一方の主張だけをとりあげて、検定意見を述べる教科書調査官のやり方は違憲・違法行為そのものです。

 小・中学校の教科書では、すでに自主規制によって沖縄戦の記述がどんどん減ってきています。なかには、まったく書かないものまであらわれています。

 新しい歴史教科書をつくる会や自由主義史観研究会の歴史修正主義者たちの策動を許さず、よりよい教科書を子どもたちに手渡すための運動をいっそう強めましょう。

高等学校日本史教科書の「集団自決」(集団死)についての検定結果

 山川 A  申請図書の記述


 
島の南端に追い詰められた残存部隊は、アメリカ軍の火焔放射器を使った徹底的な掃討作戦にあい、「女子学徒隊」も集団自決に追い込まれた。6月末までに日本軍の組織的抵抗は終わった。島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが、日本軍によって壕を追い出され、あるいは集団自決に追い込まれた住民もあった。
検定意見 沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である
修正された記述

 
島の南端に追い詰められた残存部隊は、アメリカ軍の火焔放射器を使った徹底的な掃討作戦にあい、「女子学徒隊」も集団自決に追い込まれた。6月末までに日本軍の組織的抵抗は終わった。島の南部では両軍の死闘に巻き込まれて住民多数が死んだが、そのなかには日本軍に壕を追い出されたり、自決した住民もいた。
三省堂 B 申請図書の記述 さらに日本軍に「集団自決」を強いられたり、戦闘の邪魔になるとか、スパイ容疑をかけられて殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨をきわめた。
検定意見 沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である
修正された記述 追いつめられて「集団自決」した人や、戦闘の邪魔になるとか、スパイ容疑を理由に殺害された人も多く、沖縄戦は悲惨をきわめた。

東書 A 
申請図書の記述
 
沖縄県民の犠牲者は、戦争終結前後の餓死やマラリアなどによる死者を加えると、15万人をこえた。そのなかには、日本軍がスパイ容疑で虐殺した一般住民や集団で「自決」を強いられたものもあった。(沖縄渡嘉敷島「集団自決」の資料付)
検定意見 沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である
修正された記述
 
沖縄県民の犠牲者は、戦争終結前後の餓死やマラリアなどによる死者を加えると、15万人をこえた。そのなかには、「集団自決」においこまれたり、日本軍がスパイ容疑で虐殺した一般住民もあった(沖縄渡嘉敷島「集団自決」の資料付)。

 (なお、この本文記述についての資料〈別掲〉には、修正意見はついていません)








 
沖縄渡嘉敷島「集団自決」
 およそ一千名の住民は一か所に集結させられました。死を目前にしながら、母親たちは。子どもたちに迫っている悲劇的な死について、泣きながらさとすように語り聞かせるのでした。もちろん幼い子どもたちには、ともに死を遂げることの意味がわかるはずもありません。
 わたしたち兄弟も、男性として家族に対する責任意識があったと思います。自分たちを産んでくれた母親に最初に手をかけたとき、私は悲痛のあまり号泣しました。ひもや石を使ったと思います。愛するがゆえに妹と弟の命も絶っていきました。
                          (『戦争の真実を授業に』より)
 実教 B  申請図書の記述
 
また日本軍により、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。 
検定意見 沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である
修正された記述
 
また県民が日本軍の戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、日本軍により幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。
 清
水 B
 
申請図書の記述 ←図4 沖縄戦 現地召集の郷土防衛隊、鉄血勤皇隊、ひめゆり隊など非戦闘員の犠牲者も多かった。なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた。
検定意見 沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である
修正された記述  ←図4 沖縄戦 現地召集の郷土防衛隊、鉄血勤皇隊、ひめゆり隊など非戦闘員の犠牲者も多かった。なかには集団自決に追い込まれた人々もいた。この沖縄戦ではおよそ12万人の沖縄県民(軍人・軍属、一般住民)が死亡した。
 実教 B

 
申請図書の記述
 
また日本軍により、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。 
検定意見 沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である
修正された記述
 
また県民が日本軍の戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、日本軍により幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。


(2007年4月2日)

抗議声明

高等学校歴史教科書検定における沖縄戦の「集団自決」の記述から
「軍の強制」を削除させたことに対して抗議する

2007年3月30日に公表された高等学校歴史教科書の検定結果によれば、文部科学省は、沖縄戦における集団死・「集団自決」について「日本軍による自決命令や強要があった」とする5社、7冊に対し「沖縄戦の実態について誤解する恐れのある表現」として修正を指示し、日本軍による命令・強制・誘導等の表現を削除・修正させたことが判明した。

 1982年の教科書検定時、沖縄における日本軍の住民虐殺の記述を巡って、検定により修正が加えられていることが明らかになるや「沖縄戦の実相」を否定・歪曲するものとして戦争体験者をはじめとして沖縄全体から大きな怒りと反発が起こった。文部省(当時)は、沖縄戦の住民犠牲を記述する場合は、犠牲的精神の発露としての住民自ら命を絶った美しい死であるとする意味での「集団自決」を盛り込むよう強要してきたのである。しかし、沖縄戦研究及び多くの生存者・体験者が明らかにしたことは、沖縄戦における「集団自決」とは極限状況におかれた住民が、「軍官民共生共死」の思想のもと、家族同士が殺し合うという悲惨なものであった。

 このことは、第3次家永教科書裁判の最高裁判決において、「集団自決の原因については、集団的狂気、極端な皇民化教育、日本軍の存在とその誘導、守備隊の隊長命令、鬼畜米英への恐怖心、軍の住民に対する防備対策、沖縄の共同体のあり方など様々な要因が指摘され、戦闘員の煩累を絶つための崇高な犠牲的精神によるものと美化するのは当たらないとするのが一般的であった、というのである」「集団自決と呼ばれる事象についてはこれまで様々な要因が指摘され、これを一律に集団自決と表現したり美化したりすることは適切でないとの指摘もあることは原審の認定するところである」と明確に判示され、「日本軍によって強制された『集団自決』(集団死)」が、日本軍の住民虐殺と併せて、沖縄戦研究の定説として教科書に記述されてきた。

 今回の文部科学省の検定意見は、大阪地方裁判所で係属中の大江健三郎氏と岩波書店を名誉毀損で訴えた原告梅澤氏の主張等を持ち出し、「軍命がなかった」という一方の当事者の主張に立脚し、それが主流になりつつあると判断し、申請内容を修正させたのである。裁判は、主張書面や証拠書類等が提出されたのみであり、現在進行中である。訴訟係属中で結論の出ていない裁判の一方当事者の主張を根拠に教科書記述の書き換えを要求することは、裁判を恣意的に利用したものであり、政治的な意図が見え隠れするものと言わざるを得ない。原告らの主張する「『集団自決』は、住民が国に殉じた犠牲的精神に基づき、自ら命を絶った美しい死であった」とする一方的な歴史観を押しつけるものである。

 私たちは、この検定結果が沖縄戦の実相を歪めるものであり、戦争の本質を覆い隠し、美化するもので、沖縄の未来を担う子どもたちはおろか、日本全国の子どもたちにこのような内容の教科書がわたることを絶対に許すことはできない。

 ついては、今回の検定結果に強い抗議を示すとともに、文部科学省は今回の修正指示を撤回し、申請時の文章に戻すよう強く要求する。

宛 文部科学大臣

2007年4月2日

大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会