大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会の記録

HOMENEWS>(2006年10月)

雑誌『正論』による沖縄戦の真実をゆがめる記述に抗議する

 産経新聞社が発行する雑誌『正論』2006年9月号に『沖縄集団自決冤罪訴訟が光を当てた日本人の真実』という論文が発表された。この訴訟は,昨年8月5日に大阪地方裁判所に提訴され,現在係属中であるが、同訴訟の原告ら弁護団員のコ永信一氏が訴訟における原告の主張をそのまま展開したものである。

 この裁判における原告は、沖縄戦当時に座間味島の隊長であった梅澤裕氏と渡嘉敷島隊長故赤松嘉次氏の弟赤松秀一氏であり、被告はX岩波書店と『沖縄ノート』の著者である大江健三郎氏である。原告らは「両隊長の自決命令はなかった。」と主張し、X岩波書店発行の『沖縄ノート』『太平洋戦争』『沖縄問題二十年』の虚偽の記述によって名誉を傷つけられたとして、被告らに対し、出版停止・謝罪広告及び慰謝料を求めた訴訟である。(但し,9月1日に『沖縄問題二十年』については訴えを取り下げた)更に昨年の提訴と同時に『沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会』が結成され「梅澤・赤松両氏の名誉を回復するだけでなく、日本の名誉を守り、子供たちを自虐的歴史認識から解放して、事実に基づく健全な国民の常識を取り戻す国民運動にしなければならない。」という目的を果たすべく法廷を利用したプロパガンダを展開し、今回の雑誌『正論』に発表されたコ永信一氏の論文はその一環として出されたものである。これは同時に、沖縄戦の体験を持つ県民に対する挑戦ともいえよう。

 私たちがこの論文について看過できないと考えたのは、第一に軍隊によって強制された集団死について、原告らと「沖縄集団自決冤罪訴訟を支援する会」が、この裁判をとおして「愛国心のために、自らの命を絶った。」として世間一般に流布するという目的にある。また彼らは、沖縄戦研究者の書籍や論文の中から自らに都合のいい文言だけを抜き出して沖縄戦研究者も原告の主張を認めている、という印象を与えるために、沖縄戦研究者の名前を利用している点である。

 彼らは、裁判官に「軍命がなかった。」という事実認定をさせることによって、沖縄戦の真実を歪め、研究者が長年積み重ねてきた沖縄戦研究の成果を抜本的に変質させる意図のもとになされたものとして、私たちは看過することはできない。

 沖縄戦の真実は、戦場化した沖縄を軍が統制し、軍と共に行動しその命令に従わざるをえなかった住民が、軍によって食料強奪や壕追い出しをされる中で恐怖と飢えに追い込まれ、或いはスパイ嫌疑によって殺害され、また死を強要される等、数多くの悲惨な犠牲を生み出したというものである。この真実をねじまげるということは、沖縄県民に向けられた攻撃ともいえよう。

 私たちは、沖縄戦の真実を捻じ曲げる目的で書かれたこの雑誌『正論』の論文に対して、沖縄戦研究者として、また沖縄県民として到底容認することはできず、厳重に抗議する。今後、新聞紙上等において、それぞれが詳細な主張を行い、できうるならば裁判所に対しても反論の意見書を書証として提出する決意である。

 以上、共同して意見表明とする。    2006年10月17日

                安仁屋政昭  大城将保  宮城晴美